長瀬さんの「俺の家の話」の話

 長瀬智也さん主演の「俺の家の話」の続きになります。

 最終回はなぜか来年1月の設定でした。宗家一門のお弟子さんや重鎮などなど、そうそうたる面々の前で名作「隅田川」を演じる当日から始まり,何で?と思っていると,長瀬さんではなく、桐谷健太さんが、いわゆる「シテ」という主役の衣装をつけ始めました。

 これまでの宗家である父と長瀬さんの関係から、遺言状に「後継者は寿限無」と書いてあり,怒って家出したか,プロレスで大怪我をして出られなくなったのかと思っていましたが,周りにいた人たちの「寿一さんはきっとどこかで見てくれているよ」という言葉に、「まさか?死んでしまったとか」と思いました。

 その後の回想で、年越しのプロレスの引退試合で亡くなったことがわかりましたが、その辺の経緯が詳しく描かれていなかったのが意外に感じました。

 能の話に戻りますと「隅田川」という演目は、「母親が乗っていた舟の中で、生き別れになった子供が亡くなったことを知る」という場面があるのですが、その中で死んだ子供の姿を舞台で出すか出さないかが論争になった話が出ていました。これも最初は長瀬さんの息子を出すかどうかの話かと思いましたが、実は本番中に長瀬さんが霊として父親の前に姿を現すというという場面の伏線だったということが,後でわかりました。

 さらに認知症が進む父親へのビデオメッセージや、葬儀屋を呼んで、葬儀の段取りをつけていたことが,「自分が先に死ぬ」という最終回の伏線でもあったというところが、宮藤官九郎さんにしかできない演出だったのかと感心させられました。

 最後の方で「寿一さんは、家族を笑顔にするために帰ってきて、家族を笑顔にして去って行った。」というようなセリフがありました。今までのハッピーエンドのドラマなら、寿一さんが宗家を継ぐということが遺言に書かれていて、「こうして俺が観山流の宗家を継ぐことになった。これが俺の家の話だ。」と、めでたしめでたしとなるのでしょう。

 でも死んだ後、食事の前のいただきますが長瀬さんの動画で始まるなど、亡くなった後もずっと家族に笑顔を届け続けるのだろうと思わせる展開でしたので、亡くなったことは残念ですが、このような故人との関わり方も、ありなのかなと思わされました。

 役者としてではなく、話を作る方の仕事に関わりたいと長瀬さんはTOKIOを辞めた理由として述べていたと記憶しています。役者として数々のドラマを見せて頂いてきた人間としては、まだ「俳優・長瀬智也」を見てみたかったですが、いつか「監督/脚本 長瀬智也」という見出しのついた、長瀬さんにしか作れない「俺の家の話」が見てみたいとも思います。今後のご活躍をお祈りしたいと思います。